まとめ・あとがき
2008/04/13 23:20:40
おわった…。長かったな〜、最初はmixiの日記から始まった。その日記をはじめて書いたのが2007年10月30日か。長い期間が書かなかったときもあったが、どこか必ず書き終えることを確信していたな。それから4ヶ月半。そんなもんか。
考察やあらすじを書くにあたり印象に残っているのは、「遠音」と書くとき「とおね」では変換が出来ないので「遠い音色」と書いて文字を消していたり、「チャイルドどらごん」といった名前の長いモンスターユニオンのエージェント、特に圏外圏においては長い名前を何度も書くことになって、文章として大丈夫か心配だったりといった事があった。
本当は忘却の旋律的演出をまとめた動画を作ったのだが、どうしても音ズレが直せなくって、あえなく断念したりもした。今は出来なくてもそのうちに何とかできればいいが。
なんにせよ、ここまで来れたことかつ、実は大学3年が始まるギリギリ前夜にここまで来れたことに安堵している。
『忘却の旋律』という物語とは何だったのでしょう。
今一度、各部の要点を上げてまとめてみたいと思います。
第1部〜学生が感じる学校・社会への違和感。出会い。社会へ旅立ち。
第2部 『白夜岬編』〜旅の始まり。モンスター側に立つ人々、社会。正しいことをしても誰も喜ばない結果。自分の決意に対する悩み。
第3部 『鼠講谷編』〜遠音、永遠の意味を持つ愛の感情。
第4部 『猿人湾編』〜猿人、いわばサラリーマンのような自分の意思を持たない人。ボッカ、ツナギじいさんの恋。三郎の選択。
第5部 『迷宮島編』〜過去との決別。旅の目的の再確認。小夜子という迷宮の出口。
第6部 『幸運河編』〜小夜子の過去。黒船に助けられ、今度はボッカに助けられる小夜子。
第7部 『東京駅編』〜リーダーと大衆の立場、視点。別れ。告白。
第8部 『圏外圏編』〜決戦と別れ。社会からの阻害。一人ではないということ。
学校を飛び出し社会に出たボッカ。
彼は社会を正しモンスターと戦うことを名目もあったが、単純に忘却の旋律に会いたいという面が強かった。
探す傍らモンスター・ユニオンと戦い、時には正しいことをしても誰も喜ばない結果となったり、モンスターに戦わずに生きていく人もいたが、彼は進む。
忘却の旋律を探し想っていたボッカであったが、その傍らには小夜子がいた。時が経つにつれ二人は意識しだし付き合う。ボッカはメロスの戦士の志のもと、小夜子を置いて宇宙へ旅立つが、小夜子を決して忘れなかった。その存在は旅立ち当初の忘却の旋律の立場と入れ替わっていた。
ボッカはさまざまな街を行き、仲間と会い、幾多の戦いを経て、ついに忘却の旋律とモンスター・キングと対面した。小夜子を忘却の旋律し共に世界をしようというモンスター・キングであったが、ボッカはそれを選ばなかった。そしてモンスター・キングを倒すも、モンスターを倒す旅はまだ終わらない。
まず評価したいのは、ボッカは自分がメロスの戦士であることについて一貫した意思を持っているということである。当然、挫折しそうなこともあったが、しかしボッカは投げ出さず最後まで一貫していた。その意思はすばらしい。自分もその一貫した意志を保持していたい。
あと、もうひとつ重要なことがある。脚本の榎戸さんは言った。メロスの戦士とは、ある事により覚醒する。ボッカの場合は学校への不満や黒船やモンスターに会ったことであった。覚醒する要因は人それぞれの大義なのだと。自分もメロスの戦士に覚醒できるだろうか。これらの考察を書き終えたことで、自分もメロスの戦士になった実感できるようになれればいいな。また、このようなことも言っていた。「モンスター・ユニオンのエージェントは誰かに選ばれた人であり、メロスの戦士は自分で選ぶ人である。」と。黒船も言っていた。選ばれたことを喜ぶのではなく、そこからまた自分で選ばなきゃならないのだと。自分が他人よって決められた境遇に会うとき、浮かれても、落ち込んでもはいけない、そこから自分が選ぶことが大切なのだ。
最後のまとめに至る前にあとがきを。
まずこのサイト制作に至ったことについて。書き始めた当初はmixiでただひたすらあらすじばかりを書いていました。そのときは書くことに何が大切かをあまり考えずにただ強い思いだけで書き連ねていました。しかし、それを変えたのは、それを書いたmixiでの日記でひとつのコメントでした。「あなたがこの作品から、具体的に、どんなことを汲み取られたのか。 それを示すことができれば、他の人も興味を持ってくれると思いますよ。難しいでしょうが、頑張ってください。 」とのコメントでした。このコメントが自分に感想を持つことを教えてくれました。「すごい」という言葉を書くのは簡単ですが、「なに」が「すごい」のか、それを考えるきっかけを与えてもらい、いままで自分が書いていた文章を反省しました。このコメントがなければこのサイトはできませんでした。このコメントを下さったハンドルネーム「TAKI」さんに最大限の感謝を。「あなたがいなければここまでできませんでした。助言をくださり本当にありがとうございました。」
このアニメをみて舞台に興味を持ちました。原因はなんと言っても圏外圏のチャイルドどらごんです。いままでまったく魅力を感じていなかった舞台に、キャラクターのみにスポットをあてるライトや歓声がキャラクターをここまで引き立てることを教えてくれた、このアニメの演出は、ほかの演出も含め圧巻です。考察を書くにあたり一番面白かったのが忘却の旋律的演出の解釈でした。そして、映像とはただリアルに表現するのではなく、もっとも重要なものだけを配置するのでも良いのだと知りました。私は今、映像方面の仕事に付きたいと思い始めています。そこで、このような魅力的演出手法をオマージュさせていただきたいです。また、脚本家で初めて名前を覚えたの榎戸さんです。
どうでもいいことですがオーディオコメンタリーのときのボッカの声優、桑島法子さん、話に乗らなすぎです。それに比べ小夜子役の浅野真澄さんは本当にまじめでえらいです。しっかりしてほしいです。
忘却の旋律を考察している最中、クラナドと言うアニメが放送されていました。その作品は、「クラナドは人生」と呼ばれるほど有名で、実際見終わってもそれに相応しいといえるのではないかと思いました。
しかし、自分は思います。社会への旅立ち、恋愛、戦いである忘却の旋律こそ人生ではないかと。それをある友達に言ったところ、クラナドアフターを見ろ、本分はそこからなのだと。それもアニメ化するそうなので始まったら見てみますが、現状において「忘却の旋律こそ人生」という考えは譲れません。
左のメニュー、「まとめ・あとがき」の項目の下に「忘却の旋律とは」というページがあります。このページは忘却の旋律というキャラクター自体をを考察したのですが、自分はその考察をするにあたり、いわゆる「萌え」と言う言葉の定義を見つけた気がしちゃっています。このページを書くにあたりいろいろ考えました。実際に自分の忘却の旋律はだれかとも考え、あるアニメのキャラクターを選んだりもしました。誰かは言いませんが。そして、考察するにあたり重要だと感じたのは分かりあうことです。「萌えとは何か。」ここで簡単に言うと、忘却の旋律とは自分を理解する部分を持っておらず、そのようなものを好きになることが「萌え」であり、好きになることに本当に必要なのは、自分を理解してくれる人であり、自分も相手も理解できる人である。自分には好きかなと言う人が実は2人いるのですが、それを当てはめてみると、ひとりは「萌え」な人で、もうひとりは「自分を理解してくれる人」でした。
大切なのは分かり合うこと。人はさまざまな人に出会いますが、知らない人や上司など、相手を知らないと避けたり恐れたりします。それが人の好き嫌いやいじめ、長い目でみれば戦争といった悪い側面を生み出しているのではないかと。しかし、分かりあうことで世界も良い方向にいけるのではないかと。忘却の旋律を考えるにあたり、そんな考えを持つようになりました。
先ほどのクラナドのときに出てきた友達はこんなふうなことも言いました。いいコンテンツとは、いかに作り込まれているものではなく、いかに面白いものを人に与える力があるかということ。アニメ「忘却の旋律」は自分がいままで出会ったコンテンツの中で最大限の面白さをもらいました。このアニメの制作に関わった人すべてに最大限の感謝を送ります。「ありがとうございました。このアニメに出会い、自分は成長できたと思います。」
最後に、ここまで読んでくれたあなたへ。ここまで自分がしたことも、あなたが読んでくれ、自分を理解してくれてこそ、完全な形となります。こんな自分なので理解に苦しむかとおもいますが、ある程度共感してもらえれば至福の極みです。なにかご意見、ご感想がありましたらブログにその旨を言ってもらえれば。
このサイトをすべて読み込むのは無理でしょう、重要そうなところだけでいいんです。「あなたがいてこのサイトの意味があるんです。ここまで読んで下さって本当にありがとうございます。」
さて時はそろそろ午前3時を回るころ。大学の授業開始が刻々と迫っております。自分はこのアニメを考察しようと思った最大の理由は、これからの就職活動を前に精神力をつけるためでした。モンスターを倒すという一貫した意志をもったボッカに近づきたかったからです。しかし、実際にこのアニメを見て考察し感動しても、思い描いていたような精神力は付いていないようです。やはり、現実はそんな都合よくいかないようです。自分は精神力をつけようと本を読んだり、名言をさがしたり作ったりといろいろなことを今まで行ってきました。そして今回の考察はそれの最も大きな規模プロジェクトです。しかし、結局は失敗に終わるようです。本当に変わるには、このような自己解決では無理なのだと、本当は現実にぶつかって乗り越えて分かるのだと。認めたくないにせよ分かっています。ただせめて、自分が本当に何を汲み取れたかを記録して、それを覚えているようにしたいです。
と言うことで、最後のまとめに入ります。
アニメ『忘却の旋律』とは。
社会そして人生にはさまざまなもの、中には悪もある。
そして人々は大切なやさしさや正義といったものを忘れてしまったかもしれない。
けれど、本当の意味で生きている人は、立派に世界を生きている。
そして、挫け、悩んでいる自分もそのようにあるべきであり、またそうであり続けられるようになりたい。
『走れ、』
『その厳しさを知りながら、なお本当の自由を求める者よ。』
『お前がたどり着くべきその彼方まで、』
『世界を貫く、矢のように。』